仮住米(かりずまい)さんは、東京のアパート暮らしをしていました。
ところが、ある日、仮住米さんが大音量でヘヴィメタルを流していたところ、大家さんにこっぴどく注意され、その日、たまたま機嫌の悪かった仮住米さんは、大家さんと喧嘩をしてしまい、アパートを出ていくことにしました。
そんなわけで、仮住米さんは、10年間にも及んだ東京暮らしから抜け出し、交通の要所であり、ショッピング施設も充実している千葉県船橋市に引っ越すことにしました。
仮住米さんが住んでいたアパートは、築50年以上は経っており、その間一切リフォームなどがされた形跡もなく、壁の色は、日照により著しく変色しており、もともとの色がどうであったかは、もはや誰にもわからないほどです。
さすがに築50年も経ち、何十人もの住人が使用してきただけあって、タバコの焦げ跡や、画鋲の穴、水道管のサビなど、いたるところに経年劣化の跡が見えます。
仮住米さんは、さっさと荷造りをし、預けていた敷金を返金してもらった上でアパートを退去しようとしたところ、大家さんからこう反撃されました。
「仮住米さん。アパートを退去するのは自由だけど、原状回復が終わってないよ。あなたが借りた当時の状態に戻してくれないなら、清掃料として、30万円は払ってくれないと…。ほら、あんたと交わした契約書には、退去時には原状回復をする、っと書いてあるんだよ。あんたから預かった敷金20万は当然没収だよ」
仮住米さんは、当然30万円も支払えるわけがない、敷金も満額返してくれっと返答しましたが、ちょっと前に大家さんとケンカをしたこともあいまって、大家さんもゆずりません。
仮住米さんが大家さんともめにもめたところ、大家さんは、
「じゃあ、裁判で決着をつけよう。あんなに汚したのだから、裁判をしたら、30万円でもきかないぞ」っとまくしたてます。
仮住米さんは、ほとほと困ってしまいました。
仮住米さんは、契約書通り、もともと住んでいた当時のピカピカの状態にして返さなければならないのでしょうか?
仮住米さんの敷金は、戻ってこないのでしょうか?
「原状回復」とは、文字通り、もともとの状態にもどすことを意味するのでしょうか?
どのようにきれいに使っても、避けることのできない経年劣化、例えば日照による変色などは、まさかアパート全体を日よけで覆うわけにもいかず、借主側に責任があるとはいえないでしょう。
責任のない人に、賠償義務を押しつけることは不公平です。
このような不公平は、やはり法律上認められないことになります。
そのため、時の経過によって誰が使用しても生じるであろう汚れについては、契約書に「原状回復せよ」っと記載されていても、借りた当時のレベルまできれいにする必要はない、と法的には扱わることが大半です。
仮に、契約書に「原状回復」からさらに踏み込んで、「修繕費は、賃借人の負担とする」っとやや具体的に記載がされていたとしても、この特約は、大家さんの修繕義務を免除したという意味にとどまり、借主に対して修繕義務を負わせる内容と解釈すべきではない、っという見解が、最高裁昭和43年1月25日判決で示されており、裁判実務でも、多数派見解となっています。
ただし、修繕費を借主に負担させる特約自体を最高裁は否定したわけではありません。
最高裁平成17年12月16日判決によれば、賃貸借契約書ないし付随説明書面において、相当に具体的に修理義務の定めがあっても(例えば「襖紙・障子紙」の修繕義務は「汚損(手垢の汚れ,タバコの煤けなど生活することによる変色を含む)・汚れ」,「床」の修繕義務は「生活することによる変色・汚損・破損と認められるもの」,「壁・天井」の修繕義務は「生活することによる変色・汚損・破損」とする。また,「破損」とは「こわれていたむこと。また,こわしていためること。」,「汚損」とは「よごれていること。または,よごして傷つけること。」であるとの説明がされている)、これらの修繕義務について、具体的な説明がなされない限りは、単に修繕義務について具体的に記載されている書面を交付しただけでは、当然には修繕義務を負わせることはないと判断しています。
その一方で、「 賃借人は,賃貸借契約が終了した場合には,賃借物件を原状に回復して賃貸人に返還する義務があるところ,賃貸借契約は,賃借人による賃借物件の使用とその対価としての賃料の支払を内容とするものであり,賃借物件の損耗の発生は,賃貸借という契約の本質上当然に予定されているものである。それゆえ,建物の賃貸借においては,賃借人が社会通念上通常の使用をした場合に生ずる賃借物件の劣化又は価値の減少を意味する通常損耗に係る投下資本の減価の回収は,通常,減価償却費や修繕費等の必要経費分を賃料の中に含ませてその支払を受けることにより行われている。そうすると,建物の賃借人にその賃貸借において生ずる通常損耗についての原状回復義務を負わせるのは,賃借人に予期しない特別の負担を課すことになるから,賃借人に同義務が認められるためには,少なくとも,賃借人が補修費用を負担することになる通常損耗の範囲が賃貸借契約書の条項自体に具体的に明記されているか,仮に賃貸借契約書では明らかでない場合には,賃貸人が口頭により説明し,賃借人がその旨を明確に認識し,それを合意の内容としたものと認められるなど,その旨の特約(以下「通常損耗補修特約」という。)が明確に合意されていることが必要であると解するのが相当である。」っとの判断もしているので、明確に、修繕項目を説明したうえでなら、通常損耗による修繕費を借主に負担させることもできないわけではない、っと解釈しています。
仮住米さんの今回のケースでは、契約書には、漠然と、「原状回復せよ」っとあるだけなので、普通に使用していても発生した汚れについては、特に元に戻す必要はないでしょう。
しかも、本件におけるアパートは、築50年、一度もリフォームがされたことのない物件ですので、仮住米さんが入居した当時でも既に相当汚れており、入居時点における物件としての価値自体も相当に低かったものといえますので、この点からも、30万円もの原状回復費用が発生するとはいいがたいものです。
さらにいえば、通常の汚れを越えた汚れであるとして、清掃料や原状回復費用を大家さんが仮住米さんに請求するためには、大家さんの方で、入居時の部屋の写真と退去時の部屋の写真を用意し、そのうえで、その汚れが仮住米さんの責任で発生したものであることの立証をする必要があります。
これもかなりハードルが高いといえるでしょう。
したがって、今回の仮住米さんのケースでは、訴訟になっても、敷金の8割から9割を返金することで和解にしたらどうですか?っと強く裁判官から勧められることになり、仮に和解をしなかった場合には、大家さんに不利な判決が出される可能性が高い、といえそうです。
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